〓 クリミアの空の下で 〓



「エリンシア、少しいいか?」
執務机に向かいながら、今日の午後はどうしようかとぼんやり考えていると、ふいに扉をノックする音がして、そのあと聞きなれた低い声がした。
「アイク様?」
密かに慕っている人物の突然の訪問を驚きながら、でも嬉しくて、エリンシアはそれを隠そうともせずに扉まで駆けていき、そして開いた。
「おっと……」
いきなり開いた扉にわずかに驚き、アイクは一歩だけ下がった。
「アイク様、あの、何かありましたか? アイク様がこちらにいらっしゃるなんて珍しいのでは……」
クリミアの王女であるエリンシアはもちろん、将軍の一人としてクリミアの為に働いているアイクも忙しく、お互いを訪ねる機会は殆どない。クリミアの宮殿内で顔を合わせてもゆっくり話す暇もなく、挨拶どころか会釈すら出来ない事もある。例えアイクがエリンシアを訪ねても、それは将軍として王女に報告、確認をする為であり、その時はかならずルキノやジョフレが側に控えていた。
こうして二人きりで話すのは本当に久しぶりだ。
だから、一瞬不安になった。扉を開くのも少し怖かった。アイクが直々に来なければならないほどの何かが起こったのではないかと、そんな風に考えてしまったから。
だが、扉の向こうにいたアイクの様子と、その服装を見て、エリンシアはホッと安堵した。
「今日は午後から、珍しくエリンシアが休みだとルキノに聞いたんでな」
そう言ったアイクはいつもの将軍の装いではなく、赤いシャツに黒いズボン、太腿辺りまで丈のある簡単な上着を羽織って、護身用の細い剣を帯剣していた。
あまり見ないアイクのラフな格好に、エリンシアの鼓動はどきりと跳ねる。
「もし良かったら、一緒に城下に行かないか?」
思ってもいなかった誘い。もちろんエリンシアに、それを断る理由はなかった。



「賑やかですね」
宮殿のバルコニーから街並みを眺めることはあっても、こうして実際に城下へ出て、近くでその様子を見ることは少ない。視察で何度か来た事はあっても、周囲にはいつも護衛の騎士が沢山いて、ゆっくり見て回ることも出来なかった。
「ずいぶん変わっただろう」
「はい。生まれ変わったようです」
嬉しそうに、愛しそうに街を見回す王女の様子に、アイクは優しく笑った。
忙しなく行き交う人々の中には、ラグズの姿も多く見られた。重い荷物を運ぼうとしている青年に、ガッチリとした体躯のラグズの男が声をかけ荷物を半分受け取る。汗を流し懸命に建物の修繕をするベオクやラグズの男たちの下へ、同じくラグズやベオクの女達が食べ物をもってゆく。笑いあい、助け合い、時に真剣な表情で意見を出し合い。
街には、これからテリウス大陸の全ての国が目指していくだろう、夢の世界が広がっていた。
「レテやモゥディが積極的に手伝ってくれているからな。なんとか大きな混乱もなく、ラグズとベオクが手を取り合い、助け合っていく事が出来ている」
「ふふ」
腕を組み周囲の様子を眺めるアイクの姿は、ラフな格好をしていてもやはり“将軍”だった。エリンシアはくすりと笑い、万人から英雄と慕われる青髪の男を見上げる。
「アイク様も、傭兵団の方々と毎日奔走して下さっているそうですね。ルキノもジョフレも、そんな“アイク将軍”のお姿に、敬服していましたよ」
エリンシアの言葉に、アイクはくすぐったそうに顔を顰めた。コホンと、わざとらしく咳払いをする。
「そんな大そうな事じゃない。俺に、俺たちに、出来る事をしているだけだ」
ふいっと視線を逸らした先で、アイクは数人の人と目があった。
どうやら王女殿下と英雄がそろって城下へ来ていることに気づいたらしい。チラチラとこちらへ向けられる視線が増えてくる。
まずいな、騒ぎにならないだろうか。
今更だが、変装もせずに出てきたことを後悔する。自分一人なら問題ないが、エリンシアが一緒なのだ。騒ぎにならない方がおかしいだろう。
アイクは周囲を探るように見回しルキノの部下を探した。城を出るとき、「念のため、何人か護衛をつけさせて頂きます」と、エリンシアに気付かれないよう耳打ちされたのだ。
だが、ふとそこで違和感を感じる。
ルキノの部下を探すのではなく、改めて周囲の人々の様子を窺った。
すると、確かにこちらに気づいていた人々は、しかし騒ぐどころか、こそこそと隣人と一言二言話したり、じっとしばらくこちらを見たりしたあと、何もなかったかのように日常へと戻っていくのだ。小さな子供は「あ! お姫様!」と指を差してくるが、親に手を引かれていてこちらへ駆け寄ってくる様子もない。
アイクは小首を傾げた。
(なんだ?)
さっき目があった一人の男と再び視線が合う。すると男はにっこり笑って軽く会釈をし、そのまま雑踏の中へと消えていった。
(なんなんだいったい……)
「アイク様?」
「え?」
「どうかなさいました?」
「え? い、いや……なんでも……」
なんでもないと言いながら、それでも戸惑った風に周囲を見回すアイク。エリンシアは、ああと頷いた。
「アイク様は人気ものですね」
「え? 突然なにを……」
「だって皆さん、アイク様を見ていますよ?」
(いや、みんなが見てるのはあんただと思うが……)
暢気なエリンシアの言葉に、アイクは内心溜息をついた。
そんなアイクの横を、母親に手を引かれた少女がトタトタと通り過ぎ――そこでふと立ち止まった。「ほら、行くわよ」と言う母親をよそに、少女は振り返ってじーーっとアイクとエリンシアを見つめる。そしてしばらくして少女はアイクに尋ねた。
「お姫さまとアイクしょーぐんは仲良し?」
「え? あ、ああ……」
仲が悪い事はない。ならば仲良しなのだろう。戸惑いながらアイクは頷いた。
少女はエリンシアを見て、そしてまたアイクへ視線を移す。
「じゃあ、二人はけっこん、するの?」
「なっ!?」 「えっ!?」
少女の純粋な問いかけに、エリンシアとアイクは同時に慌てて、赤くなった。エリンシアは熱くなる頬を両手で包み、窺うようにアイクを見上げ――タイミングよくアイクもこちらを見て視線が合い、お互い慌ててそっぽを向いた。
「ねえ、けっこんするの?」
「い、いや、その……俺たちはべつにそういう関係では……」
戸惑いながら答えるアイクの言葉に、
ああ……。
周囲の人々が嘆息したのが分かった。
ばっと顔を上げて見回せば、人々は慌てて視線を逸らす。ちらりとこちらを見ては、また逸らし……。
(そ、そういうことか……?)
先ほどの、王女と将軍の姿に気づいた街の人々の反応の理由がやっと分かった。
つまり、二人の邪魔をしないよう、気を使ったのだ。
さっきまでの街の喧騒は消え、不自然なほど静まり返っているのに、人々の視線はアイクとエリンシア以外の場所に向けられていて。足元の無垢な少女の瞳だけがじっとアイクを見上げ。少女の母親は気まずそうに、やはりどこか違う場所へ視線を彷徨わせ。
エリンシアはエリンシアで頬を両手で包んだまま恥ずかしそうにアイクとは反対の方へ向いていて。
「……」
この場をどうすれば良いのだろうか……。
奇妙な周囲の雰囲気に耐えられず、助けを求めてルキノの部下を探したが、こういう時に限って彼らは姿をあらわさない。

「勘弁してくれ……」
アイクは片手で顔を覆って、晴れ渡った澄んだ空を仰いだ。


END

七周年記念第四弾。蒼炎のアイク×エリンシアでした。
2010/1/28 海乃アナゴ



海乃アナゴ様素敵サイトから、七周年記念期間限定フリー配布素敵FE小説を頂いて来ましたー。
わたしの蒼炎プレイは序盤で止まってるのですが…アイクとエリンシアは結構好きです。