| 〓 完敗 〓 その騎士は、朝からずっと城内を駆け回っていた。 「ああ、申し訳ありません!」 細い回廊で誰かと肩がぶつかった。バランスをくずして倒れそうになるのを咄嗟に支え、しかし謝罪の言葉だけを残して、あっと言う間に駆けて行ってしまう。あの真面目な騎士には珍しい事だった。 「今のって、フィンさん……だよね?」 イザークの少年王子は小首を傾げながら、隣の叔母を見上げた。 「ああ……。あいつ、朝からなにを駆け回っているんだ?」 アイラも甥と同じように疑問符を浮かべて小首を傾げた。 まったく、ラケシス様はどこにいらっしゃるんだ。 レンスターの騎士フィンは、ラケシスの部屋のドアを閉めながら内心愚痴た。 「もう時間がない……」 回廊の窓から城の外を見下ろす。幾人もの騎士たちが戦に向けての準備で慌ただしく行き交っていた。 一刻後にはシグルド軍はここを出て、オーガヒルに向かう。 キュアン王子が率いる一軍の、一部隊を任されているフィンも、本当なら今頃は外へ出て最後の確認作業をしていなければならなかったのだが。 「……嫌な予感がする」 階下で駆け回る騎士たちを見下ろすフィンは渋面だった。 フィンの恋人であるラケシスは、昨日まで風邪を引いて寝込んでいた。 疲れていたのだと思う。いろんなものをあの細い身体で受け止め、背負っていたのだ。仕方がないだろう。 一年前、ラケシスはノディオンを護る為に剣を取り、兄を救う為にアグスティまで来た。 だが、やっと会えた兄は、シャガール王を守ると言ってまた離れた所へ行ってしまった。 そして一年後、再び戦は起こり、ラケシスが身を置いていたシグルド軍と兄が戦う事になった。ラケシスはなんとか兄を説得し、親友同士が殺し合う事は避ける事が出来た――が、その犠牲は大きかった。 シャガール王を説得に向かったエルトシャンは、二度とラケシスの前に帰ってくることはなかったのだ。 一年前から耐えていたものが、兄エルトシャンの死によって、耐えられなくなったのだろう。或いは、安心したのかもしれない。もうこれで、兄と戦うことはないのだ、と。 三日間も高熱で魘され続け、四日目に熱が下がり目が覚め、昨日は食事も摂る事が出来たのだが。 今朝フィンが様子を見に来ると、そのラケシスが部屋にいなかった。 「本当に嫌な予感がする……」 その呟きは、何故か半分呻きのようであった。 出発数分前を告げる鐘の音が鳴り響く。フィンは溜息をつきつつ踵を返した。 手早く身支度を済ませ、フィンは外へと出る。 自分の主を探して周囲を見回していたフィンは、とある場所でキュアンとエスリンの姿を見つけ、声を掛けかけて――やめた。 そして項垂れる。 嫌な予感が的中した。 「ラケシス様……」 「あ、フィン! もう、遅いわよ! どこにいたの?」 あなたを探していたのです。 こちらに駆けてくる恋人を見ながら、フィンは言葉にはせず呟いた。そしてまた溜息。 こうなるだろうと思っていた。だから探していたのだ。ラケシスが自分も戦場へ出ると言い出す前に、駄目だと釘をさすつもりで。だが遅かった。彼女の方が一枚上手だった。 「フィンの部隊に私も加わる事になったからよろしく」 「……はい」 昨日ラケシスの部屋を去る時に、言っておけば良かったのだろうか? まだ病み上がりだから今回は大人しくしていてくれと。だが、昨夜のラケシスはまだ少し辛そうで、とてもそんな話が出来る状態ではなかった。この状態ならオーガヒルの海賊討伐についていくとは言い出さないだろう、とも思っていたのだ――今朝、彼女の部屋を訪問する前までは。 「どうしたの?」 手を腰に当てて、胸を張り、女神は見上げてくる。 まさか昨夜、辛そうにしていたのも、演技だったてことは――ない……よな。流石に、それは……。 「いえ……なんでもありません」 ここまできたら、もう部屋に戻れとは言えない。フィンの部隊に加わるという事は、キュアンに許可を得たという事だ。キュアンの決定にフィンは何も言えない。見た限り無理をしている様子もない。 「ラケシス様」 「なあに?」 「あまり、無理はなさらないで下さいね」 「はーい」 軽い返事に騎士はまた項垂れた。 フィンは諦めて歩き出す。キュアンとエスリンのもとへ行き、遅くなった事を謝らなければ。 ラケシスもそれに続いて歩き出した。小走りにフィンの隣へ向かう。 「ねえ、フィン」 「はい」 「私の事、探してたでしょう?」 「え?」 フィンは立ち止まり、傍らを見下ろした。 女神はにっこり笑い、ニ、三歩先に進んだ。 「ラケシス様?」 「オーガヒルの海賊討伐に、ついてきたら駄目だって言われそうだったから」 ラケシスは黄金の髪を揺らしてくるりと振り返る。 満面の笑顔だった。 「“ああ、フィン……ごめんなさい、私まだ頭が痛くて……” な〜んて……」 「……」 「ふふ!」 そう言うと、ラケシスはキュアンたちのもとへと先に駆け出す。 遠ざかる恋人の後姿を見やりながら、フィンはその場に力なく蹲った。 「またやられた……」 こうしてラケシス最強伝説は、また一ページ追加されたのだった。 END 七周年記念第ニ弾。聖戦のフィン×ラケシスでした。 2010/1/24 海乃アナゴ |
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海乃アナゴ様素敵サイトから、七周年記念期間限定フリー配布素敵FE小説を頂いて来ましたー。 フィンとラケシスのカプは好きです。姫と騎士ですね。良いですね。 |